ヤマタノオロチ伝説から紐解く古代出雲国の実態。たたら製鉄・ヒッタイト王国との関係

古事記や日本書紀で有名なヤマタノオロチ伝説。誰もが一度は聞いたことがある神話だと思いますが、この神話の解釈は様々で、この神話におけるヤマタノオロチという怪物は、古代の出雲国のたたら製鉄集団を指し、この神話とたたら製鉄の起源は現在のトルコ辺りで栄えたヒッタイト王国にまで遡れるという説があります。

 

今回はその説を順を追ってご紹介しましょう。

 

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ヤマタノオロチ伝説

 

まずは、古事記、日本書紀にある、ヤマタノオロチ伝説を簡単に振り返ります。

 

昔々、神代の時代、スサノオノミコトは高天原で暴れ回り、姉のアマテラスオオミカミを困らせました。

 

結局、高天原を追放されたスサノオは出雲国の斐伊川にやってきます。スサノオはそのまま川の上流へ向かうと、一人の娘を囲んで泣いている老父と老婆を発見し、泣いている理由を尋ねると、老夫婦はこう答えました。

 

「私たちには、8人の娘がいたのですが、ヤマタノオロチという怪物がやってきては、毎年娘たちを一人ずつ食べていったのです。そして今年もまたヤマタノオロチがやってくる時期がきたので、最後の娘である奇稲田姫をも食い殺されてしまうかと思うと悲しくて、涙が止まらないのです」。

 

スサノオがそのヤマタノオロチについて尋ねると、2人は続けてこう答えました。

 

「一つの胴体に8つの頭、8つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤であり、体にはコケやヒノキ、スギが生え、8つの谷と8つの丘にまたがるほど巨大で、その腹は、いつも血でただれている」

 

それを聞いてスサノオはこう切り出しました。

 

「あなたたちの娘をわしにくれるなら、ヤマタノオロチを退治してやろう」

 

老夫婦はその提案に困惑しつつも、娘の命のために了承したので、スサノオは退治の準備を始めます。

 

まず、嫁になった奇稲田姫の身を守るために、彼女を爪櫛の姿に変え、髪にさします。そして老夫婦に、「8回も繰り返して醸造した強い酒を造り、また、垣根を作り、その垣根に8つの門を作り、門ごとに8つの棚を置き、その棚ごとに酒を置いておくように」と指示をしました。

 

老夫婦は言われたとおりに準備し、ヤマタノオロチがやってくるのを待ちます。

 

そこにヤマタノオロチがすさまじい地響きを立てながらやってきて、そして、8つの門に、それぞれの頭を入れて、豪快な音をたてながら、酒を飲み始めました。すると、ヤマタノオロチは酔っ払い、眠りこけました。その時、スサノオは十拳剣でヤマタノオロチに切りかかり、体を切り刻み始めます。すると、なんと、尾から剣が出てきたのです。

 

 

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無事、退治することに成功したスサノオはヤマタノオロチの体内から現れた剣を姉に献上し、その後、この剣は天叢雲剣、または草薙剣と呼ばれ、三種の神器の一つとして天皇家で受け継がれるようになります。

 

その一方で、スサノオはクシナダヒメと共に、新しい住まいを探して、須賀の地に、宮殿を建て、たくさんの子どもに恵まれました。

 

ヤマタノオロチの正体

 

さて、ヤマタノオロチ伝説を振り返ってみましたが、この神話におけるヤマタノオロチは、一体、何を象徴しているのでしょうか。

 

様々な解釈がありますが、一般的な解釈は、出雲の斐伊川そのものがヤマタノオロチであり、氾濫を起こす水の神から、田んぼを守る神話であるというものです。

 

確かに、生贄に捧げられる寸前であった奇稲田姫の名前には、稲と田の漢字がありますし、ヤマタノオロチは蛇のようであり、ヘビは古くから水の神と考えられてきたので、妥当な解釈だと思われます。この解釈でいけば、スサノオは治水によって、農耕地を守った神ということになります。

 

一方で、ヤマタノオロチの真っ赤な目や、体に生えるスギとヒノキ、そして血でただれる腹が、炎を連想させたり、尾から剣が出ていることなどから、製鉄文化との関わりも指摘されています。実際に出雲は良質な砂鉄と森林資源に恵まれていることから、 日本古来の「たたら製鉄」が盛んな地域で、古代から近代にかけて、たくさんの刀剣が作られてきた場所でした。

 

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この解釈でいけば、ヤマタノオロチは製鉄集団を指し、彼らが製鉄のために大量に森林伐採を行い、山の保水能力を失わせた結果、水源が命の農耕集団を困らせたという経緯を物語化したとも読み取れます。この解釈においても、スサノオは製鉄集団を統率することで水源を確保し、農耕地を守ったとみることができます。

 

また、日本における製鉄は弥生時代の後期から古墳時代に入ってからであるので、この古事記、日本書紀の物語は弥生時代後期以降、つまり三世紀以降の物語と考えられ、大和政権が誕生する前後の情勢が反映していると思われます。

 

つまり、この神話は出雲にいた製鉄集団と、それを服従させた大和王朝という当時の勢力関係を暗示しているという解釈もできるのです。

 

 

たたら製鉄の起源

 

そして更に興味深いのが、たたら製鉄の語源についてです。

 

 

「たたらといえば、ジブリ映画の『もののけ姫』に出てくる、たたらばを思い出す方も多いと思いますが、「たたら」の語源については定説はなく、確実なことはわかっていません。一説によれば、サンスクリット語で熱を意味する「タータラ」に由来すると言い、他には、「タタール族」に由来するという説もあります。

 

タタール人は北アジアのモンゴル高原とシベリアと、カザフステップから東ヨーロッパのリトアニアにかけての幅広い地域にかけて活動した遊牧民族で、古くから優れた製鉄技術を持っていたとされています。

 

 

Tatar attack warsawa 1656.jpg

 

 

タタール人の製鉄技術が朝鮮半島を経て日本に伝来した説もあり、実際にロシアのタタルスタン共和国の視察団が両者の関係を確認するために、2015年に島根県で現地調査をし、調査団の一人は「日本の侍の刀はタタール人が使った刃物と似ている」などと共通点を指摘しました。

 

参照:産経新聞「たたら製鉄とタタールとの関係研究へ タタルスタンから視察団」

 

 

もう一つ面白い点があります。

 

世界で初めて製鉄法を編み出したのは、紀元前1600年頃に現在のトルコのアジア部分を中心に帝国を築いたヒッタイト王国だと言われていますが、そのヒッタイトの神話にもヤマタノオロチの物語と酷似する箇所があります。

 

 

Ramses IIs seger över Chetafolket och stormningen av Dapur, Nordisk familjebok.png

 

それは、イルヤンカというヘビの怪物がいて、英雄、フパシヤシュに退治されるという物語で、女神のイナラシュは盛大な酒宴を開き、イルヤンカを招いて、泥酔状態になったところを英雄、フパシヤシュが縛り上げ、倒すという話です。

 

酒を飲ませてヘビを倒すという点において、ヤマタノオロチの物語とよく似ていることが分かります。

 

また、英雄が人身御供にされた女性を救うために怪物と戦って倒し、その女性と結ばれるという展開は、ギリシャの有名な英雄神話から名をとって「ペルセウス・アンドロメダ型」といい、世界各地の英雄の物語にはとてもよくみられる話です。

 

 

以上のことを踏まえて考えてみると、製鉄技術とともにヤマトノオロチの神話のモチーフも、大陸側から伝えられたという可能性は十分にあると言えると思います。

 

ただ、出雲国風土記にはヤマトノオロチの物語はありません。

 

古事記と日本書紀が大和朝廷の歴史書であるのに対し、出雲国風土記は出雲の人によって書かれたものであることから、オロチ神話は大和王朝主導で書かれたもので、大和王朝が古代出雲を統治する上で、何らかの必要があって書かれた物語だと考えられます。

 

その一方で、被統治民である出雲の人々の精一杯の抵抗として、「出雲国風土記」では敢えてオロチ神話に触れなかったという可能性も捨てきれません。

 

また、出雲といえば、記紀の国譲り神話も有名ですが、その神話も出雲国風土記には出てきません。逆に、出雲国風土記の冒頭を飾る、国引き神話は古事記、日本書紀には出てきません。

 

他にも、出雲大社は注連縄の張られ方が一般的な神社と逆であったりと、様々な点において、大和王朝の文化に対抗しているような節が見られるので、古事記、日本書紀の記述に対抗するように出雲国風土記を記述したという可能性は高いと思われます。

 

 

 

このようにみてみると、オロチ神話においても出雲国と大和王朝の対立関係が浮き彫りになっているようにみえます。

 

その一方で、記紀の中で神々の物語を描いた上巻の3分の1が出雲に関わる神話が占めていたり、初代神武天皇が正妃に出雲神の事代主神の娘を選んでいたり、ヤマトの聖地である奈良の三輪山の麓にある大神神社では出雲の神、大物主神が祀られていたり、天皇家も出雲神を丁重に祀っていることがあったりと、大和政権と出雲の関係は一概に敵対しているとは言えず、表裏一体の関係といったほうが適切かもしれません。

 

 

 

神話がそのまま事実を表したものではないのは当然のことですが、考古学と照らし合わせてみてみると、歴史を反映している側面も多々あることが分かります。そういったアプローチでみてみると、この大和政権と古代出雲の関係も非常に興味深いものですが、掘り下げると長くなってしまうので、また別の機会に取り上げようと思います。

 

スサノオ

 

 

また、オロチ神話の主人公のスサノオという神も謎が多いです。

 

スサノオの名前の一部の「スサ」や最初の宮の須賀宮の「スガ」という言葉は古来から鉄が採れる場所を意味し、「ス」や「サ」という言葉は古代朝鮮語では砂鉄を表わし、スサノオという名前はそこからの派生形ではないかという指摘もあります。

 

記紀において、スサノオが朝鮮半島の新羅に降り立つ場面があったり、記紀に伝わる新羅からの渡来人、または渡来神のアメノヒボコはスサノオと共通点が多く、同一視されることもあるほどで、アメノヒボコの名前もまた、槍もしくは矛という漢字があり、金属そのものを表わしていることが分かります。

 

このようにみてみると、神話を通して、スサノオと関連が深い出雲と、古代の朝鮮半島との間に何らかの関係性があったことを暗示しているようにも思えます。

 

スサノオの起源を朝鮮半島に求める説もあったり、それのみならず、シュメール文明にまで遡れるという大胆な説もありますが、スサノオに関しては、他にも興味深い点が多々ありますので、また別の機会に取り上げていこうと思います。

 

さて、今回はヤマトノオロチの神話を切口に出雲国やヒッタイト王国の話にまで展開しましたが、いかがでしたでしょうか。今回のことに関しても様々な解釈があると思いますので、ほかの面白い説などありましたら、コメントで共有していただけると幸いです。

 

それでは、今回も古代への旅にお付き合いいただき、ありがとうございました!

 

 

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